3-6-3 ひずみ率測定器

 正弦波信号を何らかの回路に通すと、出力側に現れる信号は、元の成分にひずみ成分やノイズが重畳されたものとなる。これは、この回路が理想的なものではないためである。
 ひずみを発生する最大要因は、一般的には回路の非直線性である。このひずみに属する高調波ひずみと混変調ひずみの測定器について説明する。

1 高調波ひずみとひずみ率測定器

1.1 高調波ひずみ率の定義

 一つの正弦波入力信号fが非直線回路を通ると、f の高調波成分 2f、3f、・・・、nf が出力に現れる。この出力信号は、次式で表される。添え字は、高調波の次数を表す。

    数式(高周波ひずみ率の定義)1

 e ( t )の実効値実効値を求めると、

    数式(高周波ひずみ率の定義)2

となる。

 これから、高調波ひずみを含んだ信号の実効値は、基本波と高調波の実効値の自乗の和の平方根で表されることが分かる。
 ひずみ率の定義は、基本波と全高調波の実効値の比であるから

    数式(高周波ひずみ率の定義)3

となる。

 ひずみ率は、その信号を基本波と高調波成分とに分離できれば測定できることを表している。

1.2 高調波ひずみ率計

 ひずみ率測定器の基本構成を図1に示す。

ひずみ率測定器の基本構成

注:帯域除去フィルタは、Notch Filter ともいう。

 BEF(Band Elimination Filter)の可変抵抗器で基本波成分に同調させると、DM 側には高調波成分だけが出力されるが、CAL 側には入力成分が出力される。
 図 1 のスイッチを CAL 側に倒してメータが 100 % を指示するようにメータアンプの利得を設定する。次に、スイッチを DM 側に倒してメータの指示値を読みとるとひずみ率を測定できる。

 CAL 側の信号は基本波成分だけではなく、入力信号すべてなので、図 1 のひずみ率は

    数式(高周波ひずみ率計)1

となる。

 基本波成分 E 1 が高調波成分に比して十分大きければ、(1)式に対する(2)式の誤差は十分小さくなる。
 (1)式と(2)式から

    数式(高周波ひずみ率計)2

 これを図示したのが図 2 である。30 % 以上から誤差が目立っているが、数 % 程度以下のひずみ率なら十分に測定できることを示している。
 真のひずみ率 DT を測定するためには、図 1 の回路に基本波成分の帯域通過フィルタ(BPF)が必要になる。回路が複雑・高価になり、操作も面倒なので、従来からある一般的なひずみ率計には図 1 の回路構成が用いられている。

 一般のひずみ率計の測定・モニタ機能は、全高調波ひずみ率+ノイズの測定、交流電圧測定、入力信号のモニタ出力、高調波成分のモニタ出力などである。
 誤差要因は、BEF 特性(高調波成分が減衰しないか)、検波特性(複数の高調波やノイズがあるときは、実効値検波でなければならないが、旧来のものは平均値検波が多かった。)、ひずみ率計の内部ひずみ、電圧計としての誤差などである。

一般的なひずみ率計の指示誤差

1.3 実際の BEF

 帯域除去フィルタ(BEF)には、ウイーンブリッジ形、ブリッジドT形、移相器形などが用いられている。受動素子だけの BEF では、減衰特性が緩やかなので、基本波を除去できても2倍の高調波や3倍の高調波成分まで減衰してしまう。
 したがって、減衰特性を急峻にするため、アンプを介して負帰還をかけることになる。

 図 3 は、移相器形 BEF 回路である。11 kΩの抵抗を介して負帰還をかけて、入出力間の利得を 1 倍にし、かつ、減衰特性を急峻にしている。
 負帰還の有無による特性の変化を図 4 に示す。負帰還をかけたことによって、2 倍の高調波( 4 kHz )での減衰量( 5 dB )が大幅に改善(≒0 dB )されていることが分かる。

移相器形BEFの構成と特性の図

1.4 自動同調ひずみ率計

 0.1 % のひずみを測定しようとすると、基本波は 80 dB( 0.01 % )以上除去させる必要がある。このためには、ひずみ率計の基本波除去フィルタを微調整しながら測定値を瞬間的に読みとらなければならない。
 これは実用的には非常に困難なので、次のような解決手段が考えられた。

  • 中心周波数をわずかずつずらした BEF を複数個直列に接続し、減衰域の帯域幅を広げる。
  • BEF の中心周波数調整を自動化する。

 2 番目が自動同調ひずみ率計である。

 BEF の周波数がずれると、出力には 90 度又は -90 度ずれた基本波成分が現れる。また、バランスがずれると、同相又は逆相の基本波成分が現れる。
 したがって、90 度又は -90 度の基本波成分が小さくなるように周波数を自動調整し、同相又は逆相の基本波成分が小さくなるようにバランスを自動調整すればよいことになる。
 バランスは R 3 又は R 4 を、周波数は R f1 又は R f2 を微調整する。
 図 5 が自動同調ひずみ率計の基本構成である(図 1 と図 3 も参照)。
 実際の回路では、R 3 と R f1 の一部に CdS ホトカプラを用い、CdS を低ひずみの可変抵抗素子としている。

自動同調ひずみ率計の基本構成

1.5 オーディオアナライザ

 オーディオアナライザの定義は無いようだが、発振器とひずみ率計とが一体となっており、高調波の各次数に対応した BPF(帯域通過フィルタ)をディジタルフィルタで構成し、ノイズを除去した全高調波ひずみ( THD )又は次数ごとのひずみを測定できるものが多い。

 その他の計測機能としては、周波数測定、SINAD(Signal, Noise, and Distortion)測定、S/N測定、レシオ測定、アベレージ測定、混変調ひずみ(IMD:Intermodulation Distortion)測定などがある。また、聴感補正フィルタを内蔵しているものが多い。

 多くの製品は、信号処理に DSP(Digital Signal Processor)を用い、ノイズ除去(アベレージング)、高調波分析フィルタ、検波(実効値、平均値)、各種演算(電圧表示、ひずみ表示、デシベル表示、比表示など)を行っている。

2 混変調ひずみ

 以前は単体の混変調ひずみ率計があったが、最近はオーディオアナライザで測定できるものがある。
 混変調ひずみの測定には、SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)法と CCIF(現在の ITU-T、ITU:国際電気通信連合)法とがある。

2.1 SMPTE 法

 周波数が離れた二つの信号混合波の試験信号を被測定物に加え、試験信号の高周波( f 2 )の両側に現れるひずみを測定する。
 混変調の量としては、f 1 、2f 1 及び 3f 1 で f 2 が変調されるので、f 2 の受けた変調度で表される。

    数式(SMPTE法)

2.2 CCIF 法

 お互いに近接した二つの周波数を同一振幅で用い、試験信号とする。混変調の量は、f 1 と f 2 の差周波数の信号で表す。

    数式(CCIF法)

温変調ひずみの測定法

SMPTE法測定の基本構成

CCIF法測定の基本構成

目次へ
ページトップへ