3-9-1 ネットワークアナライザ

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 ネットワークアナライザは、電子回路網を解析する装置として開発され、基本的にインピーダンスと減衰量を測定する装置である。現在、ミリ波帯周波数の110 GHzまで提供されており、応用範囲が広いため各種さまざまな分野で、また、いろいろな用途に使われている。

 ネットワークアナライザは、スカラネットワークアナライザとベクトルネットワークアナライザとに大別できる。スカラネットワークアナライザは、振幅の測定によって周波数特性を測定するもので、高周波信号への対応が比較的容易である。一方、ベクトルネットワークアナライザは、振幅に加えて位相の測定も可能なため、より幅広い分野で利用され、また、高確度の測定が可能である。ここでは、主にベクトルネットワークアナライザについて解説する。

 ネットワークアナライザは、電力、周波数、スペクトラムと同様、インピーダンスと減衰量の基本測定器でもあるが、校正によるその高い測定確度から、電子計測器の中でも標準器として位置付けられている。
  電気回路網を記述するパラメータには電圧で表すVパラメータ、インピーダンスで表すZパラメータやハイブリッドのHパラメータ等があるが、ネットワークアナライザでは電力で表すS(Scattering:散乱)パラメータを用いる。
   このSパラメータは、実数と虚数とで表す複素量であり、測定系が持つ誤差要因の位相と振幅を校正によって取り除くため、極めて高い測定確度を提供することができる。

1 測定原理

 基本構造を図1に示すが、信号源、信号分離器(パワースプリッタ)、方向性結合器(カップラ)及び最低三つの受信機から構成される。これらは、測定できる周波数範囲をすべてカバーする必要がある。信号源を二つに分離して一つを基準R受信機、他を入射信号とし、反射信号のA受信機及び伝送信号のB受信機との比測定がSパラメータとなる。各受信機は中間周波数に変換後、同期検波によって実数と虚数の複素量をデジタル処理し、スミスチャート、対数振幅、位相、群遅延など14種類の各形式で表示される。

ネットワークアナライザの基本構造

2 Sパラメータ(Scattering Parameter)

 Sパラメータとは、被測定回路網(DUT)の伝送及び反射特性のことで、2端子回路網を図2のように表す。

Sパラメータ2端子回路網

 S11 ~S 22 は、次のように定義される。

  S11 :ポート1に入射した信号の一部がポート1から反射される信号

  S21 :ポート1に入射した信号がポート2へ伝送される信号

  S12 :ポート2に入射した信号がポート1へ伝送される信号

  S22 :ポート2に入射した信号の一部がポート2から反射される信号

 いずれも実数と虚数の複素量で、実数は振幅に、虚数は位相に相当する。

 S21 とS12 の伝送特性には、利得(dB)、損失(dB)、アイソレーション(dB)、群遅延(deg)、伝送係数が、S11 とS22 の反射特性には、インピーダンス(R+jX)、リターンロス(dB)、定在波比(VSWR)、反射係数(Γ、ρ)などがある。
 図3に反射の相関を示す。

反射パラメータ

3 振幅と位相

 ネットワークアナライザの測定では、正弦波の信号を用いる。この信号をベクトルで表したのが図4である。

振幅と位相のベクトル

 ベクトルの長さは信号の振幅(Mag)で、ベクトルの角度が位相(Deg)である。
  測定系をスルー接続したときの振幅を0dB、位相を0度とし、DUT(被測定回路網)を測定系に接続すると、その比が振幅で、差が位相となる。
  図5に振幅比と位相差を示す。

振幅と位相の変化量

4 校正(Calibration)

 ネットワークアナライザが極めて高い測定確度を提供できるのは、測定系自身が有する誤差成分をオープン(開放)、ショート(短絡)、ロード(無反射終端器)の各基準器によって、測定系自身のSパラメータを測定し、この測定データをDUT(被測定回路網)のSパラメータから数学的な手法で取り除くことができるからである。測定前に行うこの処理を校正という。

 基準器で校正して初めて、ネットワークアナライザとして動作するので、校正しなければ測定器という名称の単なる箱に等しい。
 校正とは、伝送及び反射の測定基準面を創設することで、振幅0 dB、位相0度を校正によって定義する。測定系自身が有する誤差成分の内、常に再現性のある誤差要因である方向性、ソースマッチ、ロードマッチ、伝送周波数レスポンス、反射周波数レスポンス、アイソレーション(リーケージ)をベクトル演算によって補正する。

4.1 校正手法

 理想的な校正はDUTと同じ線路が必要なため、SOLT(Short-Open-Load-Thru)、Offset Short、LRL(Line-Reflect-Line)/TRL(Thru-Reflect-Line)/LRM(Line-Reflect-Match)の3種類が一般的である。SOLTは同軸線路に、Offset Shortは導波管線路に、LRL/TRL/LRMはマイクロストリップ線路(Microstrip line)やコプレーナ導波路(CPW)に最適な校正手法である。

校正(誤差補正)手法の種類と主な特徴

4.2 校正手順

 同軸線路の代表的な校正手法であるSOLT(Short-Open-Load-Thru)の校正手順を見ていく。まず、測定しようとする基準面を決定する。一般的な測定基準面はテストポートから延長した同軸ケーブル端で、片方をポート1、他方をポート2とする。

SOLT法の手順

 ポート1に基準となるオープン基準器(抵抗値:∞)、ポート2にショート基準器(抵抗値:0)を接続し、測定器自身の周波数特性である順方向の全反射周波数レスポンス、ソースマッチ及びロードマッチをメモリに記憶する。

SOLT校正(OPEN/SHORT 1)

 また、ポート1に基準となるショート基準器(抵抗値:0)、ポート2にオープン基準器(抵抗値:∞)を接続し、測定器自身の周波数特性である逆方向の全反射周波数レスポンス、ソースマッチ及びロードマッチをメモリに記憶する。

SOLT校正(OPEN/SHORT 2)

 次に、両ポートに基準となるロード基準器(終端器、抵抗値:50Ω)を接続し、順方向及び逆方向の方向性とアイソレーションをメモリに記憶する。

SOLT校正(LOAD)

 最後に、ポート1とポート2を直結し、順方向及び逆方向の伝送周波数レスポンスをメモリに記憶する。

SOLT校正(THRU)

 基準となるオープン、ショート及びロードの校正キットは、国家標準器にトレースできる2次標準器が使用される。したがって、測定系が持つこれらの誤差要因の位相と振幅は、DUTの測定値からベクトル演算によって差し引かれ、極めて高い測定確度が得られる。

4.3 校正で取り除く誤差要因

 ベクトルネットワークアナライザでは、数学的な手法(ベクトル誤差補正)で次の誤差要因を補正する。

  1. 方向性
  2. ソースマッチ
  3. ロードマッチ
  4. 伝送周波数レスポンス
  5. 反射周波数レスポンス
  6. アイソレーション(リーケージ)

 これらすべての誤差要因を順方向と逆方向との両方について補正することを、フル2ポート校正又は12タームの誤差補正という。12タームの完全な校正モデルを図12に示す。

完全校正モデリング

 ネットワークアナライザの測定系自身が持つこれらの誤差要因は、校正時点でも測定時点でも常に再現性があるため補正できるが、次の誤差要因(不安定誤差)は再現性がないため、ベクトル誤差補正を行っても補正できない。

  1. コネクタの再現性
  2. 受信部の残留ノイズ
  3. 環境変化による変動:温度、湿度、振動、衝撃による振幅/位相の変動
  4. 周波数の安定度:周波数の変動は位相の変動
  5. 校正ごとの再現性

 したがって、コネクタ締付けトルクの一定化、計測環境の一定温度化、測定信号源の高安定化、測定系同軸ケーブルの温度及び可動による位相安定化など、校正と測定を行う環境条件や工程に十分な注意を払う必要がある。

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